松戸簡易裁判所 昭和35年(ハ)17号 判決 1960年6月09日
千葉県柏市柏六七番地
原告
西沢君
右訴訟代理人弁護士
品田四郎
同市坂下二丁目一、三一六番地
松戸税務署内
被告
鈴木正一
右訴訟代理人弁護士
多賀谷置人
堺沢良
右当事者間の昭和三五年(ハ)第一七号損害賠償請求事件について当裁判所は次のとおり判決する。
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、被告は原告に対し金二六、七九〇円及びこれに対する昭和三五年三月二五日より完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とするとの判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因として、被告は松戸税務署直税課に所得税第一係常務班員として勤務し、認定申告書の受付、不動産所得の調査等の事務に従事する大蔵事務官であり、原告は納税者であるが、原告は昭和三四年三月三日松戸税務署に対し総収入を金二、一〇〇、四二〇円、必要経費を金九二四、六七二円、所得金額を金一、一七五、七四八円として、昭和三五年度所得税の確定申告をなし遅滞なく納税したところ昭和三五年二月二〇日同税務署より必要経費の一部を削除した更正決定の通知を受け、本税の追加納付(金一六八、五二〇円)を命ぜられると同時に、過少申告加算税八、四〇〇円、本税に対する昭和三四年三月一七日より昭和三五年三月一五日迄の利子税金一八、三九〇円合計金二六、七九〇円の納付を命ぜられたので、やむなくこれを納付した。
しかしながら右確定申告に際し、原告は収支の計算書を提出した上、被告の指導のもとに申告書を作成し、提出したものであるから、被告は申告書の内容についてはことごとく知つていたはずである。従つて申告内容に不当な点があるならば、申告書の受理を拒むか、若しくは受理後遅滞なく更正決定をなすべきであつたのに、被告は職務行為を利用して原告に損害を与える目的から故意に確定申告書を受理し、一年近くも遅延した昭和三五年三月一七日にはじめてこれが更正決定をなし、その結果前記の如く原告は、過少申告加算税、利子税として合計金二六、七九〇円の納付を余儀なくされ、同額の損害を蒙つた。
よつて原告は被告に対し、不法行為に基づく損害賠償として金二六、七九〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和三五年三月二五日より右完済に至る迄年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めるため本訴に及んだと述べた。
被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、原告主張の事実中、被告が確定申告書の申告内容に不当な点があることを知つていながら、原告に損害を与える目的からあえてこれを受理し、しかも故意に遅延して更正決定をなしたとの点は否認するが、その余の事実は認める。原告は被告が本件確定申告書の受理に際し、その申告内容項目たる必要経費の過大であることを知りながらあえてこれを受理し、しかも相当期間経過後に至つて右必要経費計上過大の故をもつて右申告を更正し、よつて過少申告加算税に加えてこの間の利子税の負担を原告に負わせたのは不法である旨主張するが、左の理由により、本訴は棄却を免れない。即ち、(一)そもそも所得税の確定申告は私人のなす租税債務の確認行為であつて、申告書を税務署に提出することによつて効方を生ずるものであるから、時に係員より申告者に対し、申告についての助言をすることはあつても、税務署において、申告書の受理、不受理を決する余地は全く無いものである。しかも本件については、被告は申告書受理の際その内容の当否については全然知らなかつたものであるから、本件申告書を被告が受理したことは当然である。被告が右申告の内容を調査したのは昭和三四年一一月一七日より昭和三五年一月二六日迄で、被告は右調査によりはじめて右申告の失当なることを知り、同年一月三〇日原告に修正申告するよう勧告したが原告がこれに応じなかつたので、やむなく松戸税務署長より本件更正決定をなすに至つたものであるから、何等違法な点はない。(二)本件における被告の行為はすべて公権力の行使に属するものであるから、仮にその結果原告に違法な損害を与えることがあつたとしても、その損害については国が損害賠償の義務を負うことあるは格別、被告個人が原告に直接損害賠償義務を負うものでないことは、国家賠償法第一条の規定により明らかである。従つて原告の本訴請求は失当であると述べた。
理由
原告は、松戸税務署に勤務し、所得税の確定申告書の受理等の事務に従事する被告が、本件確定申告書の受理に際し、申告内容に失当な点があることを知りながら、原告に損害を与える目的からあえてこれを受理し、しかも相当期間経過後に至つて右申告を更正し、過少申告加算税とこの間の利子税の負担を原告に負わせたのは違法であると主張するが、仮りに被告の本件確定申告書の受理にその様な違法な点があるとしても、右は公務員としての被告の職務行為そのものであるから、その結果生じた損害については、国が賠償の責に任じ、公務員である被告個人が何等責任を負うものではないことは、国家賠償法第一条第一項の規定に照らし明らかである。
従つて被告個人を相手方とする本訴請求は、その主張自体よりして理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長 桜林三郎)